トップページ > 経営倫理情報 > AROUND経営倫理 > 名言再訪(第8回)
フロリダ州南端の島キーウエストを訪れたことがある。ヘミングウエイが1931年から40年まで住んでいたところだ。ヘミングウエイの住まいはスペイン風の木造2階建てで,年間50万人の観光客が訪れるという。
「老人と海」はここから目と鼻の先のキューバへ移住してからの作品だが、ヘミングウエイはここで「老人と海」の原型となる体験をしている。巨大なマーリン(マカジキ)を釣り上げて評判となったのだ。底まで透けて見えそうなエメラルドグリーン一色のメキシコ湾にも魅了されたようだ。
「老人と海」の人気の秘密は、そこに描かれた不屈の人間像にある。メキシコ湾に小舟を浮かべて一人で漁をする老漁夫サンチャゴ。一匹も釣れない日が84日も続く。85日目に全長18フィート(約5.5メートル)のマーリンを釣る。しかし、老人は巨大なマーリンを船べりまで釣り寄せられない。そこから格闘が始まる。
格闘をするうちに、老人は魚が強く恐れを知らず自信にあふれていると感じるようになる。ついに魚は友であり、兄弟であるとさえ思う。それでも魚を殺す。漁師としての誇りをかけて殺すのだ。魚を売って生計を立てるためではない、という。
老人は3日間にわたる死闘の末にマーリンを仕留める。しかしマーリンの血の臭いを嗅いで集まったサメに散々食いちぎられ、白骨だけが残る。つぎはぎだらけの帆をマストに巻いて自分の小屋に戻る。それは傍目には「永遠の敗北の旗印」にもみえた。
しかし、老人は満足して眠りにつく。そして若き日に漁に出かけて見たアフリカ海岸のライオンの夢を見る。ライオンとは何か。勇気の象徴であろう。老人は不漁でもいつも「快活で不屈」だった。明日はきっといい日になると思い、希望と自信を失わない。
作中には何度も「敗れざる」(undefeated)という言葉が出てくる。漁師としての誇りを持って、死力を尽くして戦えば、それで十分ではないか。ヘミングウエイはそう言っているのである。老人は心のうちに自らを律する行動規範を持っているから、行動にぶれがない。
高齢化社会を迎えて一段と輝きを増す作品である。「魚一匹釣れなくてどうして敗北でないのか」との反論もあろう。しかし、そんなことはどうでもいいのだ。老い、肉体は衰えても、人間としての尊厳を失わず、内なる行動規範に忠実に生きることが大切なのである。
『経営倫理フォーラム』第25号掲載