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「やってみもせんで、何をいっとるか」(本田宗一郎「私の手が語る」)

名言再訪(13)技術者魂の真髄

戦後経営史屈指のヒーローで1991年に84歳で亡くなった本田氏の技術者としての生き方を要約している言葉である。「それは、ムリでしょう」とか「おそらくダメでしょう」といった言葉を嫌った。「やってみもせんで、何をいっとるか」と一喝したものである。自らの生き方を振り返って「頭で考え、手で考える」と述懐している。

では本田氏が技術者として目指したものは何か。時代に先駆けたアイデアで世界一になることだった。会社設立6年目の1954年に二輪のオリンピックといわれた「英国マン島T・Tレース」への参戦を宣言。「浜松の中小企業がバカなことを言っている」と業界のもの笑いのタネとなったが、それから7年後になんとマン島レース完全制覇を成し遂げてしまう。

本田氏の後を継いで本田技研工業の二代目社長となった河島喜好氏によると、本田氏は研究に没頭すると2、3日の徹夜はザラ。物わかりの悪い社員がいるとスパナを持って追いかけ回した。それでも皆がついてきたのは、いいものを作りたいという本田氏の「本気度」に打たれたからだという。

しかし、本気でやっても成功するとは限らない。「成功したのは1%だけ。残りの99%は失敗だった」といっている。それでも99%の失敗をさして苦痛とは感じなかったところが、本田氏の強味である。全力を尽くしてダメだったら、今度は別のアイデアでやってみようと切り替えが早い。

「多くの人ができるとかできぬとか申しますが、できぬと断定できるのは神様だけであります」。本田氏は創業間もないころの社内報にこう書いている。生来の発明の才に加えてこうした信念が特許の山を築かせたのである。

本田氏はまた無類の“人間好き”でもあった。

「企業という船にさ 宝である人間を乗せてさ 舵を取るもの 櫓を漕ぐもの 順風満帆 大海原を 和気あいあいと 一つの目的に向かう こんな愉快な航海は ないと思うよ」

従業員が5000人を超えた1962年の社内報にこんな詩のような文章を寄せている。こにには、人間尊重、適材適所、それにあふれんばかりの夢がある。天才技術者本田のもう一つの魅力である。

(小山博之)

『経営倫理フォーラム』第30号掲載


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