トップページ > 経営倫理情報 > AROUND経営倫理 > 名言再訪(第4回)
米国のハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーの創造した名探偵フィリップ・マーロウの極めつけのせりふである。
チャンドラーの最後の作品「プレイバック」で彼に好意を寄せる謎の女性から「あなたのように強い男がどうしてそんなに優しくなれるの」と聞かれてこう答える。
「強さ」と「優しさ」、単に「生きている」のと「生きている価値がある」。簡潔な対句が男の生き方の美学を見事に浮き彫りにしている。
生きていくためには強くなければならないのは当然だが、それだけでは生きている価値がない。優しくて初めて生きている価値があるというのである。
映画で男くささの中に優しさを秘めたハンフリー・ボガードなどが演じると誠に格好いい。かつて経団連会長などを歴任した平岩外四氏にインタビューしたとき、「人間的魅力に富む言葉」としてこのせりふを挙げていたのを思い出す。
この言葉は企業経営にもそのまま当てはまる。
そんな目で見ると、生きている価値を疑わせる企業が今なんと多いことか。子会社を通じた暴力団への融資を長年放置してきたみずほ銀行はさしずめ「社会に優しくない企業」の代表格だろう。
「社員に優しくない企業」もある。みなし労働、裁量労働制などを悪用して労使であらかじめ想定した労働時間を大幅に上回って働かせながらその対価を払わず、「合法的」とうそぶくブラック企業が横行している。
メニューの偽装が次々に明るみに出るホテルやレストラン。「消費者に優しくない企業」の面々である。
生きる美学が問われるのは個人だけではない。企業も法人という人格を持った存在であり、優しい人間的魅力が求められている。魅力のない企業はやがて淘汰され、社会や社員、消費者にやさしい企業だけが生き残るに違いない。
強く優しく―。永遠の美学である。
『経営倫理フォーラム』第21号掲載