六本木の国立新美術館でミュシャ展が開かれ、今まで日本で見られてきたミュシャのイメージを覆す意外性で話題となっている。アール・ヌーヴォーを代表する芸術家、アルフォンス・ミュシャ(チェコ語発音ムハ、1860〜1939)。今回は、高名を馳せた商業的なパリでの活躍とは異なる目的で描かれた連作《スラヴ叙事詩》が主役の展示。
度重なる他民族からの侵略に苦しんだ母国への、ミュシャの熱い想いがあふれる作品で晩年、母国へ戻って16年かけて描いた最大縦約6b×横約8bの超大作スペクタクルはミュシャ最高の傑作とされる。チェコ共和国外で全20点をまとめて公開するのは世界初。光と影を描出した美しい色彩感覚とミュシャらしい神秘性が特に魅力となっている。そのほか、今までのイメージを裏切らない作品も従来の展示よりはボリュームこそ少ないが、装飾的な作品やドローイングなども出品され、ミュシャ愛好家にとっては、たまらない展覧会と言えそうだ。
ミュシャは、特にパリで華々しく活躍したが、その中で、たびたび出身であるモラヴィア(現チェコ共和国)やスラヴ民族について、人々の無理解を感じていたという。さらに、ミュシャが志した理想の画家の果たすべき役割としては、装飾的芸術よりも「歴史的詩作とでもいうべき作品」(ミュシャの家族宛ての手紙)を描き、人類のために働くことを痛切に願っており、パリにいた時から胸の内に「いつかは…」という思いがあったようである。
その資金集めのために、渡米もした。制作だけでなく、講演やスラヴ民族団結のためにさまざまな活動もしている。その結果の一つがロシアのファンであり、小国の独立を支援する優れた政治学者でもあった、米国の富豪、チャールズ・R・クレインとの出会いだった。1909年、クレインは20点のカンバスに描かれる《スラヴ叙事詩》の経済的支援を約束した。完成後の作品は、連作全部をプラハ市に寄贈することで2人は合意している。
チェコに戻り、「ムハ」となった画家は、連作のためにバルカン半島、ブルガリア、ポーランド、ロシアやギリシャまで調査旅行で訪れた。行く先々で君主や歴史家、民俗学者、考古学者らに教えを乞い、村人たちにモデルを依頼し、何百枚という写真の資料と精力的なスケッチも用意した。50歳でチェコに戻ったムハは1911年、プラハ近郊のズビロフ城にアトリエを借り、16年間かけて連作に取り組んだ。制作に追われ、家族でさえも面会にアポイントが必要だったという熱の入れようだった。
メッセージが込められた20点の各画面には、主に下方に歴史上実在した人物、上方に時代を超えた神話的な人物が描かれている。混然とした複雑なルーツを持つヨーロッパ文化・社会における諸民族への理解を呼び掛けるヒューマンな大作であり、侵略の歴史でありながら、全作品で「露骨な抗争やそれに伴う流血を思い出させる一切」を排除して描いたというムハの言葉を胸に鑑賞したい。
ヨーロッパのさまざまな学校で絵画を学んだムハが、素晴らしい素描力の上に成立する熟練した構図、光の使い方など、もろもろの要素を究極の高みへと導く技巧を駆使して描いている点が鑑賞のポイント。
ムハの最期については、郷土と人類への愛情あふれる連作を描いた、フリーメーソンのメンバーということで、ゲシュタポに逮捕、監禁され、獄中でその生命を落としたことも忘れてはならない。
○会 期:6月5日で終了
○休館日:火曜日
○開 館:10:00〜18:00
*金曜日は20:00まで
○入館料:1,600円(学生割引あり)
○アクセス:東京メトロ千代田線 乃木坂駅直結
問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
展覧会公式サイト:http://www.mucha2017.jp/
2017年06月06日 配信