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トップページ > 経営倫理士とは > 経営倫理士講座アーカイブ > 22期:2018年10月3日実施講義

<第12回講義:「産業事故の防止と技術者倫理」(平野琢講師)>
 技術に対する社会的不信への対応としてのガバナンス

第12回講義は10月3日、 平野琢講師(九州大学大学院経済学研究院 産業マネジメント部門講師)による「産業事故の防止と技術者倫理 〜安全安心の企業経営のために〜」。

経営者と技術者でなぜリスク評価が乖離し経営者の評価が選択されたのかを語る平野講師

■技術者倫理とは?

そもそも「技術者倫理」とはEngineering Ethicsの訳語であり、「技術倫理」「工学倫理」など類似の概念があるが、いずれも「専門職としての技術者の倫理的な規範」を含む点では共通している。そこで最優先される価値は「公衆の安全、健康及び福利」である。もともと真理を探究する「科学」に対して、相対的な地位の低かった技術者の地位向上運動が20世紀初頭の米国で生まれ、技術者資格のライセンス化や専門職倫理綱領の制定が行われた。
 このときは同業者間での掟(おきて)や雇用者への忠実義務が中心であったが、第二次世界大戦後の技術に対する社会的不信への対応として、技術者の公共福祉の保全・向上への責任を含むものへと倫理要綱が改訂された。さらにその後、技術者の公益保護の行動を正当化する手段としての機能も追加され、米国では企業倫理のガバナンスとは別に、企業横断的で独立した技術者倫理のガバナンスとして技術者倫理規範制度が機能するに至っている。
 これに対して、日本では企業内技術者と政府による資格運用を軸とした仕組みの構築が進められたが、専門職倫理としての技術者倫理はほとんど注目されず、1989年のワシントンアコード以降進められた技術者資格の国際規格化の動きに対しても、既存の制度や組織を形式的に国際基準に合わせることで対応したため、制度と実際が合わないいびつな構造となって現在に至っている。そのため、米国に見られるような企業横断的に機能する技術者倫理のガバナンスは、日本では有効に機能しているとは言い難い状況にある。

■チャレンジャー事故のケースで考える技術者倫理の重要性

技術者倫理の問題を考える題材として、スペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故の事例が取り上げられた。スペースシャトルのブースターロケットの製造を請け負っていたモートン・サイオコール社において、部品の不具合に気づいていた主任技師の打ち上げ延期の進言にもかかわらず、企業存続のために絶対に打ち上げを成功させなければならないと考える経営者はそれを却下し、結果的に未曾有の大事故に至った経緯が説明された。

 講義冒頭で行われたこの事例を模したケーススタディでも受講者の意見が分かれた難しい事例であるが、ここで重要なことは、同じデータに基づきながら経営者と技術者でリスク評価がなぜ乖離(かいり)したのか、そしてなぜ経営者のリスク評価が選択されたのか、という点である。これは単に「経営者の倫理観の不足」という言葉では片付けられない。問題は、発生する被害についてある程度は予測できるものの、定量的なリスクの大きさが科学的な知識や証拠不足によって明示できないことにある。このような「モヤッとした」リスク(不確実性リスク)に対してはリスク評価の多義性が高くなってしまい、そのとき経営者は技術者とリスク評価が乖離しても自分の目的に合ったリスク評価を正当化できてしまうのである。このような問題を解決するには、不確実性リスク下にあっては技術者に判断を委ねることが一番効果的であり、だからこそ技術者の側にも一層の技術者倫理が求められるのである。

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 多くの受講者にとって「技術者倫理」は馴染みのないテーマだったようだが、講義途中や終了後にも受講者から活発な質問が寄せられ、関心の高さがうかがえた。

【講義リポート = 森田 裕之(総合企画委員)】


2018年10月24日配信

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