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トップページ > 経営倫理情報 > あの日、あの時…経営倫理士講座 > 2012年10月14日配信記事

資格取得後、倫理研究所を開設

BEIビジネス倫理研究所
経営倫理士(第2期)山口謙吉さん

 時が経つのは早い。第2期経営倫理士の認定証を受けたのが1999年8月、もう14年前のことになる。当時、経営倫理が時代の要請ではあったが、経営倫理士の取得講座が第16期の現在まで発展し続いてきたのは、関係者皆さんの社会に対する使命感と歩みを止めない努力がそこにあったからだろう。

 私がBEIビジネス倫理研究所を開設し独立したのは、経営倫理士の認定を受け、社内で経営倫理プログラムを一通り導入し、その普及と浸透、フォロー活動を見届けた4年後の2003年の初夏だった。当時「経営倫理では飯は食えない」と忠告してくれた人がいた。企業人だとしても各個人の良心や、社会的大人としての立ち居振る舞いはまだ捨てたものではないと思っていたのだが、どうやら私が違っていたようだった。

 この年の10月、日本経営倫理士協会の前身である経営倫理実践普及協議会から「経営倫理士会」(仮称)の設立に向けての会合への出席要請をいただいた。第6期経営倫理士取得講座が修了した後で、参加メンバーは確か、第1期明石雅史氏(現明石広報事務所)、第2期山口、第3期中村暢彦氏(当時NEC)、第4期桑山三恵子氏(当時資生堂)など第6期までの認定者が10名程度、赤坂の経営倫理実践普及協議会近くにある会議室に水谷先生を囲んで集まったのを思い出す。

 水谷先生から、第6期経営倫理士取得講座が修了し経営倫理士が99名となり、翌年には100名を超えることになるのを機に、これらの人が共同して活動する団体を考えたいとのことであった。席上では早々、会則や活動内容などについても活発な意見交換が行われたのではなかったろうか。先生のお話から察すると、「弁護士会」であるとか「公認会計士協会」のような団体を念頭におかれていたようで、これは凄いことを考えておられると思ったものである。

 その後、多発した数々の大きな企業不祥事を考えると、水谷先生の先見性には大変驚くとともに改めてその素晴らしさを感じるばかりである。それから、そこには「経営倫理士」は企業内のものであり、弁護士や公認会計士などの社会的資格のひとつという先生の思う発想が、企業にも経営倫理士自身にもまだ十分でないことへの将来を見越した思いもあったのではと思っている。

 また一方で、組織の中でその一員として活動する人間(個人)の弱さや非力さということにも思い当たる。人事異動で経営倫理関係部署から外れればこの資格は、自動車の運転免許証でいえば、「ペーパードライバー」のような存在になってしまう恐れが多分にあるということ、このようなことも先生は考えられたのかも知れない。

 また当時から水谷先生は、日本経営倫理学会、経営倫理実践研究センター(BERC)と合わせ、この3つの団体によって日本の経営倫理の普及と浸透の推進を見据えておられたようで、そのような団体設立の始まりの会合に参加できたことは私の人生で大変思い出深いものとなっている。

 私は経営倫理士として独立したが 3年ほど前に体調を崩してしまい、現在のところは積極的な活動はできないままでいる。何とも残念だが、今までの人生が短距離競争のように駆け回ってきた分見えないことも多々あって、ゆっくりとした状態で歩むことで回りをよく見ながら進むことを学んでいると思っている。ちょっと遅すぎるかもしれないが楽しんでもいる。このゆっくりしている間の世の中の喧噪には、尋常ではないようなものが感じられてならない。

 特にここ数年、気候の不安定と自然災害の多発、国内政治の混迷、中東諸国の混乱、ユーロの経済危機、東アジア各国間の緊張増大など、企業の経営環境への懸念材料は多すぎるほどある。21世紀に入り10年ほど過ぎたが、何という新世紀の始まりかと目を覆いたくなるような事件、事故、災害、紛争が世界中で多発している。このような環境下では、企業内や取引先などでも何が起きてもおかしくない時代ともいえるだろう。

 そんな中、社内の経営倫理士に対する期待も増えてくることだろうが、経営倫理士がさらに活躍しやすい環境づくりなどを今後の経営倫理士協会に期待している。「経営倫理士」の社会的認知の増大。それは「組織のなかの経営倫理士」から「社会のなかの経営倫理士」への発展ということだろうか。

2012年10月14日配信


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